シャモニー・モンブラン山群
日 程:2001年8月19日(日)〜8月28日(火)
メンバー:L斎藤広文 角屋貴良
行動概要:19日 成田発−シャモニー着
20日 買出し、ランデックス針峰南東稜
21日 ヴェルト針峰グランモンテ稜、ビヴァ−ク
22日 ヴェルト針峰敗退。
アルジェンチエール氷河へ下降。
23日 アルジェンチエール小屋、入山。
24日 アルジェンチエール針峰登頂。
25日 レスト、ガイヤンの岩場
26日 レム針峰登頂。
27日 シャモニー発
28日 成田着。
19日。成田空港での待ち合わせ、広さんとともにアリタリア7787便で出発。13時。日本航空とのシェア−便だった。夕暮れ迫るミラノで乗り換え、ジュネーブへ。ジュネーブはものすごい雷雨。現地時間で夜の9時30分。ここで荷物が一部が紛失。広さんのピッケルと僕のカートが届いていない。勝手もわからず、送迎の車も待たせているのでクレームもつけずにその場を去ってしまった。これが間違いで、最後まで荷物は見つからなかった。送迎の気のいいおじさんはフランス語しか話さないが、雷雨の中、車を飛ばして11時にこの旅の宿、ポワンイザベルに11時着。ドル紙幣でチップを渡したのに後で気づいてどんな顔をしたのだろう。
20日。何はともあれ、神田さんのいるスネルスポーツへ。神田さんの話によると、北壁と名のつくところは「ツールロンド」ぐらいしか登れないとのこと。やはりヴェルトのナンブランフェースはむり。グランモンテ稜に行く事にするが「難しいと思うが、まあやってみろ。」とのこと。
午後、プラの村まで歩き(結構これが長かった)、ロープウエーとリフトを乗り継ぎランデックスへ。人気ルートのランデックス針峰南東稜に向かう。身支度をして取り付きのバンドを左にたどり、どん詰まりの小さなピナクルと岩壁とのチムニーを登りカンテに出る。雨が降り出し、カッパをつけて凹角状のフェースを登り1ピッチ目終了。W−。その後、ルートファインディングも優しく、4ピッチで肩へ。そこからリッヂを1ピッチ渡り終了。1時間強のクライミングだった。その先のガリーへ懸垂し、下る。
帰りは、ハイキング道を下り、行ってみたかったラ・フローリアに立ち寄る。写真で見てきた通り美しいレストランだ(右上の写真)。応対も感じよく、ビールを1本飲み下山。



21日。電車でアルジェンチエールに向かい、そこからロープウエーでグランモンテへ。プチヴェルトまで1時間30分で登る。しかし、ここで、目標のグランモンテ稜はもっと手前のナンブラン側を巻かなければいけなかったことに気づき、下降し、途中から懸垂でバンドに下る。どんどんたどっていくと顕著なピナクルの手前のコルに出た。ここがファラールピークだと勘違いし、アルジェンチエール側に回り込み、非常に悪い雪壁のトラバースとルンゼ状のクライミング。目いっぱいロープを伸ばすが支点がない。岩にハーケン1本とアックスでビレー点を作る(写真左上)。つるべで広さんがその上の雪壁を登るがどうもおかしい(写真中上)。こんなに悪いのか?ピークには懸垂用のテープが見えるが右から巻く。はるか下のナンブラン側にはケルンらしきものがみえ、「あそこがルートじゃないか」と広さんに言ってみるが、「このまま行こう」ということになった。着いたピークには窓があり、そこをくぐると懸垂支点が見つかった。数ピッチアルジェンチエール側に懸垂し、先へトラバースすると深いギャップのコルに出た。アルジェンチエール側もナンブラン側も雪のルンゼになっている。ナンブラン側に1ピッチ懸垂するとバンドが見つかった。バンドをトラバースしてみると明らかにただしいルートに出たことがわかるが、ファラールピークとカレ針峰ははるか先だ。我々はまだ岩峰群の3分の1程度しか進んでいない事に気づき愕然とする。広さんに「先を急ごう」といってみるが、「ビヴァ−ク地を探そう」と意見が分かれてしまう。少し感情的なすれちがいを感じたが、あとで考えてみれば、食料の少なさの為に無理があったと反省。もう午後7時を回っている。岩棚に石を敷き詰め、ビヴァ−クサイトを作る。夕日に輝くヴェルト。赤く染まった西の空には三日月が浮かび、谷の暗闇にはシャモニーの町の灯が川のように流れている。午後9時日没(写真右上)。「ああ、こんなところにいるんだなあ。」
22日。明け方の寒さと寝苦しさに、夜明けとともに目覚める。昨日たどったバンドを戻り、凍ったルンゼを登り返す。右の側壁は被っていて困難なので、大きな岩の下のトンネルをアイスクライミング。昨日のコルに戻り、アルジェンチエール側に懸垂。ピトン5本、テープもほとんど使い切る6ピッチの懸垂で氷河に降りる。疲れた身体に鞭打ってグランモンテ駅まで上り返す。
シャモニーへ戻り、神田さんに事の次第を報告すると「敗退は全然恥ずかしいことじゃない。よくやってきたよ。」との言葉に慰められた。
23日、電車の時間まで1時間以上もあったのでタクシーに乗り、ロープウエーでグランモンテヘ。アルジェンチエール氷河を歩き、15時30分にアルジェンチエール小屋に入る。中央クーロアールまでのアプローチを明るいうちに確認する。小屋は非常に快適だが、せっかちな日本人には少々夕食の時間が長すぎる。
24日。3時50分、アルジェンチエール小屋をスタート。左にジャンダルムを見る雪壁でガイドパーティーに抜かれる。更に雪の大地で若い娘さん連れのパーティーにも抜かれる。彼らのお父さんの言うには「荷物が大きすぎるし、装備もヘビーすぎる」とのこと。最後の急な雪壁を登り、山頂直下の稜線に出て「なるほど」と思った。アイゼン、ピッケル、ロープ以外に使うものはなかったのだ。8時30分、山頂に到着。ちょっと優しすぎたが爽快な山頂だ。でかいピークに立てた事に満足。下山は氷河を下り、ロニャンまで歩いたが、相当長かった。上り返してもぐランモンテ経由の方が早かった。
写真左上・・・右がアルジェンチエール針峰。
写真中上・・・中央クーロアールの登攀。
写真右上・・・ピークに立つ広さん。
25日。レスト。ミディまで観光。午後ガイヤンの岩場を登る。

26日。最後のクライミングはレム針峰(写真左上)。ロープウエー、プランレギーュからアプローチ。取り付きがわからず先行パーティーについていくと岩場に梯子がある。更に延々とガレ場を詰めるとピークが目の前。拍子抜け。でも初心者やガイドパーティーの取り付いている岩場を登ると良いクラックルートが現れた(写真中上)。みずがきみたいで面白い。1ピッチとちょっとでピーク。易しいルートから登ってきたパーティーの被写体になってご機嫌。帰りはモンタンベールまで長いハイキング。途中からヴェルトを眺める(写真右上)。
27日。晴天続きだったシャモニーは結構長かった。ヴェルトの敗退には非常に不満が残ったが、勝手がわかったので、もし次に来れたら大丈夫だ。オンサイトは難しいと言う事だ。ローマ経由で成田へ。夕暮れに飛び立ったのに、成田に着いてみるとまたもや夕暮れだ。
留守の間、家を守ってくれた家族、特に長男に感謝。
夜明けのヴェルト