ヨーロッパ モンブラン山群

エギーユ・ベルト グラン・モンテ山稜

斉藤 広文 記

斎藤広文 角屋貴良

2001年8月19日〜28日

 集会日の二次会場「弁慶」。大柴さんの「ヨーロッパ(アルプス)はいいぞ。何年か後になってもいいから目標にしてみたらどうだ。」という一言で、それまでは漠然と行ってみたいと思っていただけなのが、「よし、必ず行こう。」という即断になり(単純!)、私、塩崎、岩崎の三人で早速旅行費用の積み立てを始めたのは2年前の春であった。不肖私の転落事故で1年延期になったが、斉藤、塩崎、そして新たに角屋、加藤が加わり四人のメンバーで実現の運びとなった。

 8月19日午後1時、私と角屋は塩崎、加藤組よりも2日早く、ミラノ行きアリタリア航空で成田を出発する。出発前の空港での待ち時間は、仕事からの解放感で「さあ、やっとこれから出発だ。」というわくわくした気持ちが心を満たし、ホンワカホンワカ幸せな気分である。
 同日21時半、ジュネーブに到着。迎えのマイクロバスにてどしゃ降りの雨の中を一路シャモニのホテルへ。走行中は激しい雨とともに雷も轟き、明日からの天気がどうなるか心配である。

 翌日は意外にも昨日の雨が嘘のようにカラリと晴れ、これからの登山に期待を抱かせる。何しろ正味6日間しか登山の日程が取れないのである。澄み切った青空の中に真っ白に輝くモンブランやミディに目を奪われつつ、シャモニの町を散策する。スネルスポーツで買い物をし、情報を仕入れる。スネルの神田さんの話では「今年の雪の状態は非常に悪い。(我々がヴェルトの下山ルートとして予定していた)ウィンパークーロワールでも登山中の二人がやられているよ。」ということで、ヴェルトは余り薦められないと言う。地球の温暖化現象が氷河の後退、あるいは雪や氷の軟弱化としてヨーロッパアルプスの山々に大きな影響を与えているようだ。それでも、ヴェルトにはぜひ行きたいので、雪の状態を見て下降ルートをグランド・ロシューズの側稜に取るなどして危険を避ければ可能と判断し、予定通りエギーユ・ヴェルト、グラン・モンテ山稜を登ることにする。

 21日朝、ホテルを出発。シャモニから一番電車でアルジャンチエールに向かう。天気は快晴。家々の間近や森の中を列車は走り、車窓から時々ドリュ、ヴェルトが雄姿を見せる。アルジャンチエールからグランモンテへはロープウェイだ。しかし、混雑する乗り場で長く待たされて、出発地点であるグランモンテのコルに着いたの9時40分になってしまった(第1の失敗。昨日のうちにロープウェイで上がっておくか、朝にタクシーを飛ばしてでも一番のロープウェイに乗るべきだった。)
 コルの雪渓には多くの登山者が準備に取りかかり、すでにプチト・エギーユ・ヴェルトに向かう人達が雪の斜面を歩いている姿が点々と見える。プチト・ヴェルトは3,508mでグラン・モンテ山稜の最初のピークだが、わりと手軽に登れる雪と岩のミックスのルートとして人気がある。ガイドと若いカップル、親子連れ、年配の夫婦など様々だ。我々も急いでアイゼンをつけ、アンザイレンし、遥か遠くのピークを目指して最初の一歩を踏み出す。登攀具とビバークの用具が荷を重くして、急な斜面になると汗が噴き出し、心臓もパクパクいっている。プチト・ヴェルト直下の急斜面には三本ほどトレースされており、一番すいているルートに取り付いたが、上部で渋滞し待たされる。ようやくプチト・ヴェルトにつき小休止をとる。ピーク周辺の岩場では大勢の人が景色を楽しみ、笑ったり喋ったりしているが、ここで重大なミスに気付いた(第二の失敗、笑ってください)。登山ルートはプチト・ヴェルトの延長上にあると思い込んでいたが、手前でピークを右に避けてトラバースしなければならなかったのだ。和やかムードの山頂をあとに慌てて戻り、ちょうど下降できそうな場所を見つけ、懸垂で降りることにする。懸垂点のそばで我々を見ていた(多分地元の)おじさんが「ヴェルトを目指すのか」と聞くので、「そうだ」と答えると、「そりゃ大変だ。よしゃあいいのに。」と言う顔で見つめられた。
 1回の懸垂でルートらしい場所に立ち、トラバースを始める。トラバースとはいってもあれこれとルートを考えながら、3級程度の登りやクライムダウン、あるいは懸垂を繰り返しながらのトラバースなので一向に距離ははかどらない。時間だけがどんどん過ぎていくようだ。暫く進み、稜線の左側つまりアルジェンチエール側へ乗っ越し、約50m懸垂下降して、さらに又登り返すルートをとらざる得なくなってしまった。その登りは角屋さんがリードしたが、非常に悪そうで、ここでもかなり時間をロスしてしまった。なんとか登りきり、今度は稜線の右ナンブラン側へ下り、又トラバースを続けるが、19時半頃になったところで周囲の岩峰の様子から、ビバーク予定地のナンブランのコルの半分しか来ていないことがわかった。まだ昼間と変らないくらい明るいが、ここでビバークすることに決める。同時に、これまでの時間のかかり具合、この先の岩登りの連続、ピークまでの長い雪の斜面、さらに不安の残る下降と我々の力量を考慮して、「今回は無理」と判断し撤退を決める。
 二人が座れそうな岩場を探し、ビバーク態勢に入る頃、山々が、麓のシャモニの町が薄いベールに包まれたように(何ともいえない、いい色なんだな、これが)、少しづつ変化していく。疲れと無念さが入り交じり、二人とも寡黙ぎみだ。粗末な食事を済ませ、ツェルトをかぶり、暫くしてふと顔を出すと、空は満天の星、天の川が流れ、下方はシャモニの町明かりが奇麗だ。少し寒いが、風もなく、ここでビバークできただけでも来た甲斐があったと正直思う。
 あまり眠れぬまま夜明けを迎え、ごそごそと起きる準備を始める。今日も天気はよさそうだ。それだけによけい悔しさが残る。アルジャンチエール氷河まで雪の詰まったクロアールを昨日見つけてあったので、そこを下降ルートにする。残置の支点を利用し、ハーケンを打ち、岩にシュリンゲをかけて60mザイルで5回半の懸垂下降を繰り返し(最後の頃は腕も疲れ、ロープの回収が嫌になってきたが)、無事に氷河付近まで降りることができた。あとは出発地点のグラン・モンテのコルに向かい雪渓を歩くのみ。昨日あんなに時間をかけ長く感じた道のりが、同じ距離とは思えないほどにアッケナク着いてしまう。コルから長い階段を登り、真正面にヴェルトを望む展望台のレストランでしばし憩う。ヴェルト頂上直下の長大な雪渓は今日も誰のトレースもつけさせずに白く輝いている。雪の状態の悪さを知って、現地の人は誰も登ろうとしないのだろうか。
 
 今回は敗退という残念な結果に終わったのだが、なぜか不思議な充実感が残った。そしてシャモニで他の山に登っている時も、ふっと、あの時こうすれば登れたかもしれない、アレがなければ可能だったのではないか、などと未練たらしい思いがしばしば頭をよぎるのだった。

 今回が最後というわけではないし、チャンスを作り、この「幸福と再挑戦への意欲」を与えてくれたエギーユ・ヴェルトにいつかまたトライしたい。

   会報 42号より