小川山でのクライミングは今回で2回目になる。乾いた良質な花崗岩のクライミングは、奥多摩あたりの石灰岩クライミングとは一味も二味も違う。フリクションをばっちりきかしてゆっくりとスラブに立ち込めたときの小さい征服感はなんともいえないし、全方向をクライミングエリアに囲まれた廻り目平キャンプ場は、クライマーのために作られたようにすら感じられる。ひんやりとした朝の空気のなか、つんつんとした屋根岩岩峰群に朝日が当たり、廻り目平の夜が明ければ日没まではすべてクライミングタイム。すべてを使って時間の許すかぎりあらゆるタイプのクライミングができてしまう。
クライミング歴の短い僕がこんなことをいうのもなんだけど、今回は新たなタイプのクライミングに挑戦した。それはクラッククライミング。フレンズやナッツを自分でセットしながら、岩と岩の隙間に手足を差し込んでせっせと登るあのクライミング。クラックを登るテクニックはフェイスを登るクライミングとはかなり異なる。したがって、フェイスクライミングがそこそこ出来るといっても、クラッククライミングは初心者。しかも、命の綱である支点を作る作業をその合間にしなければならない。しかし、支点は回収できるし、岩の弱点をつく快感は何事にも替えがたい。なんといっても憧れのヨセミテでは、これが出来ないとお話にならないのだから、なんとしてもモノにしなくては。
小川山でクラック入門といえばいわずと知れた小川山レイバック。角屋さんのすすめでもう陽がかたむきかけた頃、最後の締めくくりとして親指岩へ向かった。出会いは衝撃的だった。そして、その美しい、走ったクラックというものを創り出した自然に感謝した。さらに、今日までこの美しいクラックの側に醜いボルトを打たずにそのままの姿を僕がくるまで保ってくれた多くのクライマーに感謝した。角屋さんに、リードしてみる?言われたとき、僕はこのクラックに交際を申し込まれたようなそんな気にさえなっていた。そりゃもちろんイエスですよ。
90度よりほんの少しだけ開いたコーナークラック。丁度真中に立てるだけのテラスはあり。アドバイスによると足はジャミングとステミング。手はハンドジャム。出だしはレイバック。プロテクションは0.5ぐらいから2ぐらいまでのカム。オンサイトとはいえ、これだけ情報をもらってはもうフラッシュに近い。とはいえ、カムセット初心者ゆえ極力落ちないにこしたことはない。怪我しないことも大切。風邪っぴきの鼻から汁がたれないようにテッシュを念入りに詰めたら、さぁ行ってみようか!
まずはレイバックで体を上げる。クラックに左のつま先を引っ掛けてずり落ちないように。少し上がるとすかさず角屋さんからカムセットの指示。やっぱり一発では適したサイズにあたらない。ごそごそと別のカムを出してセット。おお、もう左腕がパンプしそうだ。
ぜーぜーと呼吸をしながら、続いてステミングに移る。腰が入っていない、と角屋さんからのアドバイス。尻をつきだした無様なステミングをしていたのだろう。しかし、足ホールドが滑りそうでなかなか腰をいれられない。そんななかミシンを踏みながら二つ目のカムをクラックに差し込む。ああ、もう疲れた。もう落ちそう。そこで、角屋さんから、そのガバ取ったら休めるよ。そうだ、もうちょっとでリッジだ。もうやけくそ。適当なハンドジャムとステミングで体をあげて、ガバを両手つかみでリッジに立つ。やっと休めたけどかなり呼吸が乱れている。こんなに必死でスリリングなクライミングはいつぶりだろう。絶対最後まで登ってやる。少し広くなったクラックに滑りこませるようにハンドジャム。おお、決まってる(ジャムってる)。快感と安心感。しかし、やはりカムの選択をとちる。いちいち疲れる。ジャムジャム、ステムステムと体を少しづつあげてゆく。最後、右手はジャミングしながら慎重にテラスにのっこしてクラックは終わり。相当呼吸が乱れている。クラックに突っ込んだつま先がジンジンしている。ああ、でもおれは登った。初見で登ったんだ。
ぐったりしながらローワーダウンすると、よかったね、と山本さん。君なら出来ると思ったよ、と角屋さん。興奮でなんだか饒舌になりそうな自分を抑えて、ついさっき登ったクラックを見上げる。規則正しい間隔でセットされたカムにロープがすーっととおっている。なんだかこみ上げてくらぁ。これがクラッククライミングってやつなのかぁ…。
その後、山本さんが挑戦し途中でワンテンションかけながらも自力で完登。角屋さんのお手本を見せてもらってから、上でビレイしてもらって僕が再度挑戦。さっきよりはスムーズだ。ただし、カムのセットはしていない。やはり、カムセットがポイントだろう。2P目を僕、山本さんともに完登して、そこは親指岩のてっぺん。もう太陽が傾いてきた廻り目平とその周りの岩塔をのぞむ。紅葉の森と冷たい風はもう秋の終わりと冬の始まりを知らせているようだった。
ヤァマーン。
また、来るよ小川山。また来るよクラックたち。今度はがっちりジャミングさせておくれぇ。
ああ今でも、目を閉じるとクラックが浮かぶ。 (四谷のオフィスにて)
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