韓国ソウル・仁寿峰

角屋 貴良(記)韓国・仁寿峰

 

日 程:2000年10月1日〜4日

 

 瑞牆での墜落事故から一ヶ月。ケガを治す事に専念してきた甲斐があって、予定通り仁寿峰を訪れる事が出来た。付け焼刃で習ってきたハングルが通じるだろうか。単独なので余計に心配だ。空港から地下鉄で街に買出しに行く。何とか簡単な会話で無事買い物を済ませたが、「牛耳洞(ウィドン)」からの路線バスが核心だった。何しろバスのアナウンスも停留所の表示もわからない。果たして目的地に降りられるのだろうか。バスの運転手に向かって「トソンサ!トソンサ!」を連発。しかし、案ずることはなく、目的地の「読経寺(トソンサ)」は終点だった。

 「トソンサ」から約1時間のハイキング。ここから先は禁煙で、違反するととんでもなく高額な罰金が請求されるとの事。気持ち悪くなるぐらいタバコを吹かしてから出発した。日曜日のためか、信じられないほどの数のハイカーが下山してくる。それほど韓国ではハイキングがメジャーであり、ここ「北漢山(プハンサン)」が人気なのだ。途中、レンジャーの小屋があり、駐在員が親切に日本語で道を教えてくれ、また出会った若者も気軽に英語で道案内をしてくれた。おかげで夕暮れの「白雲山荘(ペグンサンジャン)」に、無事到着することができた。しかし10年程前に出張で着たときとは、日本人に対する感情がガラリと変わっている事に驚いたが、ホッとした。

 山荘には2名の日本人クライマーが宿泊しており、いろいろ様子を教えてくれた。彼らは金沢の「めっこ山岳会」の会員だそうだ。2人とともに夕食を頂く。山荘の夕食は量も味もすばらしい。しかし、毎日似たようなおかずなので、3泊目の2人はその辛さに閉口したらしく、食事がのどを通らないらしい。

 

 10月2日。予約していたガイドの徐徳漢(ソウドクハン)氏が到着。どんなルートを登ろうか、ハングルと英語と日本語での、めちゃくちゃな会話で相談する。しかし、出発準備をしている間に雨が降ってきてしまった。午後からは天気がよくなりそうだというので、午前中は最高峰の「白雲台(ペグンデ)」までハイキングに行く事にした。

 出発しようとしていると、現地の若者が案内を申し出てくれた。彼は金亨椎(キムヒョンシ)君といって、コンピューター関係の仕事をしているらしい。日本に留学に行くことを望んでいるとの事。とても人懐こく、一緒に歩いているうちに、なんだか弟のように思えてきた。「ペグンデ」の山頂に到着。ハイキングをしていても驚かされる事が一杯だ。山頂では大声で奇声を発しつづける男。ツェルトをかぶり、何かお経のようなものを唱えつづける男女。彼らは山岳密教の信者らしい。そして、何がすごいかといえば、「リッヂクライマー」と呼ばれる狂気のハイカー達だ。彼らはロープもなければクライミングシューズもない。普通のハイカーなのに、我々から見れば立派なクライミングルートをヒョコヒョコと上ってくるのだ。中には小さな子どもの手を引いてくる者もいる。「なんてことだ!」。

 午後からは雲ひとつない晴天となり、ソウドクハン氏とクライミングに出かける。山荘のすぐ裏が岩場だ。仁寿峰は山一つが大きな岩で、こんな大きな岩の塊は、日本では見ることが出来ない。美しい花崗岩だ。我々は人気の「医大ルート(ウィデッキル)」に取り付いた。取り付までのアプローチは仁寿峰独特。5.8のスラブを50m。途中ピンは1本しかないのだ。ここでビビッテいたら、仁寿峰でのクライミングはとの閉めないと言う事だ。スラブ主体の5.10d(A0)、5ピッチのルートだ。ここの花崗岩は、小川山を「ヤスリ」にたとえるならば「大根おろし」と言われるぐらい粒子が粗い。ばっちりフリクションが効き、粒子をハンドホールドに出来る。仁寿峰のピークからはソウル市内が眺められ、紅葉も始まり美しい。我々はルートの裏側に下降し、「ファンタジー・エキスプレス」5.10a、2ピッチを登った後、夕暮れまでの数時間を「女情ルート(ニョジョンキル)」の1ピッチ目。5.10cで遊ぶ事にした。このルートはクラックのルートで、僕はジャミングが楽なのだが、現地のクライマーはジャミングの技術をあまり使わないらしく、レイバックばかり使う。となりの5.10bのルートも登り山荘に帰った。

 

10月3日。この日は朝から快晴。今日はあまり日本人が登らないと言う「巨竜ルート(コーリョンキル)」5.11b(A0)、7ピッチ。そして「天ルート(ハヌルキル)」5.10c、7ピッチを登る事にした。2つのルートは隣り合っていて、どちらも花崗岩の三角形が、青空に向かって突き上げている美しいルートだ。また、スラブ、ダイク、クラックと形状も多彩だ。振り子トラバースもあり、スラブを横に走るのも楽しい。

今日はソウルに下りて、ホテルに泊まる予定なので、あまり遅くまで登っていられないのだが、僕の希望で「仁寿Aルート」にも登る事にした。このルートはチムニーばかりの3ピッチで、現地クライマーにはあまり人気がないらしい。みんなパワークライマーばかりなので、チムニーは好きじゃないらしい。僕がバックアンドフットで登っていると、「あれがチムニーの上り方だ。」と講釈を始めるクライマーも現れるほどだ。

山荘に戻って帰り支度をしているとキムヒョンシ君がお別れにきた。ちょっとさみしかった。

 ソウドクハン氏とともにソウルに戻り、クライミングシューズを買いに出かける。5.10のシューズが日本円にして5.000円だ。僕は2足買ってしまった。「めっこ山岳会」の2人もここで買い物をしていたので、ロッテホテルにチェックインした後、4人でアワビ粥を食べに出かけた。以前、仕事できていたときに見つけた店で、とびきり美味しい粥がいただける。

みんなで「メッチュ チュセヨ(ビール下さい)」を連発しながら、夜がふけていった。

 

10月4日。帰京。韓国ではクライミングのみならず、楽しい思い出が残った。特に現地の人たちとのふれあいが印象的だった。韓国と日本の気まずい思いはもう捨てて、お互いひとりひとりが理解しあう時代がきているのだ。こんな時代を迎えられたのは、日本ではなく韓国の人々の意識が変わったからだ。本当に彼らに感謝している。