現役・OB合同紅葉山行「八甲田山」
大柴 輝好 記
平成12年10月16日〜17日
参加者、現役21名、OB滝口良・井関・長沢・大柴の4名、その他3名。合計28名。
山には慣れているが、夜の新宿に不慣れな連中がいて、30分遅れの出発になった。今回は特別に大型観光バスなので、後部のサロンでは、早々の酒宴となる。
なにしろ片道700キロメートルの長旅であり、大阪より遠いのだ。チビチビやりながら、後部座席連中の興味ある話題にも、いつしか睡魔に勝てずウトウトするが、サービスエリアで飲んだ分を放出した帰りに、運転手に「もう半分来た?」と聞くと、「まだまだ福島県」と首を振られる。アーダコーダ暗闇の窓外を窺ったり、何をしていたのか、なんとか退屈な時間をうっちゃるうちに東の空が白み始め、あの山は早池峰だ、岩手山だと、みちのくの山が見え始め、退屈もそれぞれのお国自慢の山の姿でまぎれる。
お国自慢に故郷の山があることは、身近に山の見えない東京者でも十分知っていたが、津軽に入って岩木山が広く裾野を伸ばした「津軽富士」を見たときには、それを特に強く感じた。子供の頃から朝な夕な、これら故郷の山を拝んでいたら、いくつになっても瞼に焼き付いていて、オラガ山の意識が強くなるだろうと思った。誠に羨ましい事である。
朝8時ごろ、岩木山の見える弘前あたりから退屈まぎれに家に携帯で電話をかける。まだつかないのーと、女房の同情するような返事が返ってきた。しかし、天気は晴朗で少しばかしの巻雲が青空にアクセサリーの様にあった。酢ケ湯温泉あたりに達すると、紅葉真っ盛りで目的地も近く、気持ちも腰も浮いてくる。9時30分ほどであろうか、寝不足で時刻の記憶も曖昧だが、ロープウェイ山麓駅にやっと到着。
標高差660m。10分ほどで101人乗りのゴンドラは、紅葉真っ盛りの樹林を眼下に山頂公園駅に着く。「青森トド松」の間によく整備された登山道が赤倉岳に導いてくれる。山頂近くは霧氷がつき、風も強く、早々に井戸岳に向かう。噴火口がポッカリ空いていて、その縁に登山道があるが、雪でもついたら雪庇が出て大変なルートになるだろう。大岳とのコルに立派な大岳避難小屋がある。大岳にはここから30分ほどの登りになるが、OBで向かったのは元気者の長沢ただ一人、このたび命名した分家隠居の井関は最初から登高意欲なく、早く下って温泉でビールがチラチラの様子。本家のご隠居は娘も参加している手前アホなこともできず、ひっくり返りそうな三脚にカメラを載せて撮影に没頭していた。
避難小屋から酢ケ湯に下り始めると、尾瀬のような上毛無岱という湿原に出た。草紅葉も終わり、満々に湛えられた水ばかりが風に波紋を作っている。振りかえると大岳が大きく見え、これは登っておくんだったと残念に思った。湿原は二段になっており下毛無岱へは木の階段を相当下るのだが、このあたりからが紅葉の真っ盛りで、どの登山者も階段の途中からカメラを出して撮影に忙しく、久しぶりに良い紅葉を見た。
紅葉の下をしばしで酢ケ湯に着く。早速名物の混浴大風呂に入るが、ここの湯は酸っぱく、打たせ湯が目に入るとしみた。女性の姿もあったが、みな興奮もせず粗チンはぴくりともしなかった。
雲谷(モヤ)温泉は鄙びた温泉かと思いきや、広大な八甲田山の中腹にデンと建つホテルだった。左は岩木山から眼下は青森市、そして陸奥湾が広々と遮るものも無く広がり、雄大な景色を堪能できる。夜景も朝の風景も素晴らしかった。
一夜明けて早朝、露天風呂でしばし夜明けの空を眺めるが、今日も快晴のようだ。朝8時に宿を出て八幡平に向かう。バスはぐんぐん登り、後生掛温泉、蒸ノ湯など温泉の多い八幡平アスピーテライン見返峠駐車場に入る。山頂はここから30分ほどだが、時間が取れずにパス。紅葉が美しいが無闇に駐車もできず、松尾鉱山跡から右手に岩手山を見ながらちょっとした地元の物産を扱う所で昼食となった。帰路の寄り道はここが最後で、あとは高速道ばかしである。
車中「雪中行軍八甲田山」のビデオを見る。ほぼ全滅した青森連隊と成功した弘前連隊の話だが、明治時代では温暖化の進む現在より気象状況は厳しかったであろう。
延々と、ドライバーも一人で大変だろう。最後に、「一体何キロ走ったか」ドライバーがクイズのように話し掛けてくるが、外環から首都高に入るあたりで走行距離1563km。燃料が軽油ドラム缶3本分と聞いて、贅沢なことをしたなと思った。
東北に登りたい山がいくつも見つかった山行であった。
会報 42号より