奥鬼怒・赤岩沢

                  大橋 美子 記


日程:2000年8月4日〜8日
メンバー:L.大橋美子 橋本春子 菅原みえ子

 

 朝8時のスペーシアに乗り浅草を発ち、ここ夫婦渕に着いたのは昼の12時。半日を費やしてようやくきたというのに、快晴だった空はどんよりとして雷が鳴り響いている。雨が降るのは時間の問題である。覚悟を決めて歩き始める。林道に入ってしばらくで案の定ポツポツときた。すぐやみそうな気もするが雨具を羽織る。3人でしゃべりながら林道を進んでいたら行き止まってしまった。どうやら沢への下降点を見過ごしてしまったらしい。引き返す途中、林道の脇に赤布を見つけ、ここだと思い入ってみる。しかしスッキリしない斜面に悩んでしまうが、とにかく河原に降りなければ話にならない。無理やり下降して何とか黒沢の河原に着いた。幸いな事に雨は止んだ。身支度を整え、早く赤岩沢の出合いを探すべく、まず上流に進んでみた。これといった変化もなく谷が狭まって来る。これはちとおかしい。地図を見て奥に来過ぎていることがわかる。出合いはさっきの河原の下流なのだと思いまた戻る。またしても雨が降ってきた。霧雨のような厄介な奴。さっきの河原を過ぎてしばらくで沢は伏流となり広い河原に出た。ゴロゴロとした荒れた河原の上方に堰堤がデーンと見える。変だ。25千にはこんな出合いのイメージに近い。堰堤の側まで行けば何かわかるかも知れない。地形的に見てこの辺しか考えられないのである。近くまで行ってみると右壁に「赤石沢砂防ダム」のプレート。何ーんだ。ここじゃないの!やっと自分達の位置がわかりほっとする。夫婦渕を出てここまでずいぶんと時間がかかった。振り返ると対岸にはさっき我々が歩いてきた林道から堰堤まで道がつけられている。悔しい!よく注意してみていれば良かったと後悔しても後の祭。とにかく出合いがわかったのだから赤岩沢に入れる事は間違いない。よかったよかった!で、さてこの堰堤をどう越すか。二重になっているのである。一つ目は楽に越えた。二つ目が少し手ごわい。堰堤を作った時のものらしい踏み後は、グズグズでとてもいやらし気な感じ。ひどい斜面を必死で高巻いてバックウォーターを見てびっくり。水が溜まっているし、そこに行くまでだって相当悪い。これじゃ入渓できないと思いつつ、堰堤の反対側を見たら…。何と草木を頼りに楽に河原に行けそう。またしても失敗したのです。せっかく登った悪い斜面を恐る恐る下降し、一つ目の堰堤の下まで戻り再度右岸をアタック。やっと河原まで降り立った時、雨はまたしても我々の身体をしっかり濡らしはじめていたのです。それにもうこんな時間だし、当初の計画など無いに等しい本日の行動。悔しいけど早く幕場を探さなくては。赤岩沢自体は沢幅もあまりなく両岸にガレも多く、幕場好適地は少ない。それにこの雨。悪条件に恵まれ探す事1時間あまり。お世辞にも満足とはいえぬジメジメ、デコボコの所に悲しげにフライを張る。でも増水を気にしながら寝るよりはいい。食事の支度を終える頃、辺りは暗くなり、虫たちとの闘いが始まった。こうなったら早く眠るのがいい。防虫ネットをかぶり、デコボコをザックで埋め、その上に絶妙のバランスで横になる。夜半、雨音は遠のき、沢音だけが耳に届く。

 

          85日(土)

 昨日の雨が嘘のように今朝は快晴。でもラジオは「冷たい空気が入り不安定」と報じている。朝食はジメジメ、デコボコから降りてきて、水のひいた河原で気持ちよく済ます。短い沢なので昼過ぎにはメドがつくだろう。ちょっと厳しいけど、頑張れば今夜は八丁の湯のフカフカの布団の中で眠れるかも知れないなどと、いろんなことを頭に浮かべて出発。程なく今日の核心部の赤岩の大滝30mに着く。出発前この滝は我々の最大の難関だった。岩場なら春さんと思って、あらかじめお願いしておいた。だからあんまりプレッシャーをかけてはいけないと考えていた。太陽はさんさんと照りつけ、水しぶきは輝いている。その水線を登ればやれると読んだ。春さんはいつになく無口なように思えた。彼女の緊張を和らげようと「春さん、これはいける。大丈夫!」といった。しかし、そのとき彼女は私が登りたいのだと思ったらしい(これは後で聞いた)。ザイルを持ってためらっている様子なのでツイ「私がいこうか?」と言ってしまい、私がトップをやることになってしまった。内心ビビッていたけど仕方ない。夢中で登った。あまりにも夢中だったのでピンを見落とし、ランニングなしで落ち口に立ったほどだった。2人を迎え、これで今日は楽勝と思えた。順調に行けばあと3時間ほどで稜線に立てるはず。意気揚揚ザイルをたたんで先を急ぐ。ここからの赤岩沢は本来のナメ滝を連続させ楽しいの一語。そして、垂直の二段40mの大滝に着く。これは左のルンゼを巻くがけっこう手ごわい。外傾気味だし不安定だし、恐る恐る乗り切る。落ち口への巻がわからずどんどん登ってしまい、沢からはなれすぎているのに気が付きまた戻る。この頃からまた空模様が怪しくなる。ここら辺が滝の落ち口と同じ高さかな…。不安定な斜面のトラバースを始める。なんとなく踏み跡のようでもあるし、そうじゃなくも見える。ここで失敗したらシャレにならない。いける所まで行こうと気につかまりながら進むと、沢が見えた。木にしがみつきながら落ち口に無事到着。しかし、ホッとするのもつかの間のタイミングで雷を伴った雨が降り出す。それは雨具をつける間もないぐらいの早さで土砂降りとなり、沢は見る見る増水していった。全身びしょ濡れで半ばやけくそ気味になりながら先を急ぐ。やがて雨脚が弱まってくる頃、沢は終わりに近づいた。何処まで詰めればいいのだろう。そろそろ田代山と黒岩山を結ぶ旧い登山道に出会う頃なのに、不安な気持で登るが道らしきものはなかなか横切らない。業を煮やし踏み跡らしきものを見つけトラバースを開始するが、すぐ跡は消えてしまう。上に行ったり下に行ったりしているうちに、どっぷりと薮の中にはまってしまった。頭上には黒岩山への斜面が高く続いている。このままのトラバースは体力を消耗するばかり。今日中に薮から出られるのだろうか…。倒木に登り辺りを見回すが現在地は良くわからない。仕方なく黒岩山を目指す。あそこまで行けば位置は確実にわかる。それから人間ブルドーザーのように上へ上へとがむしゃらに進む。薮が幾分低くなり石楠花が出てきた辺りで赤布を発見。それを伝って地図に記されていない黒岩山の前衛ピークに着く。気合を入れてその奥の黒岩山を目指しまたもや薮をこぐ。ようやくたどり着いた頂上はさえぎるものの無い、眺めの良い所。燵岳が形良く構えている。岩に乗り、地図と磁石と地形とを何度も見比べる。大体あの辺が黒岩の分岐と見当をつける。そして再び薮の中へ飛び込んでいく。下りはトラバースよりも楽であった。目印になりそうな木を目標に下っていった。そうしら突然道に飛び出した。しっかりした道だった。あーこれでやっと薮から解放された。嬉くて3人は舞い上がった。一刻も早く分岐に行こうと、この道を右に取った。良く踏まれた道は快適であった。しかし、なかなか分岐につかない。いくらなんでも長すぎる。そのうち道は下り始めた。「そんなバカな!」ようやくここで正気に戻った。地図を確認してびっくり!この道は尾瀬に通じる道だった。「逆方向に来てる」と気が付いたのは50分も歩いた頃だった。みんな疲れがドッと出た。分岐の左に出る筈が右に出たのだと初めてわかった。薮から脱出した事で有項天になり、良く踏まれた道に不信感を抱く事も無く、確認もせずに先を急いだ結果であった。いっそこのまま尾瀬に行ってしまおうかと思ったが、先は長いし帰りの足の便を考えると戻る方がいい。それに、この稜には水場もありビバークだって可能だ。私が「戻ろう」というと、2人の顔は明らかに「ウソでしょ!」と言いた気であったが、うなづいてOKしてくれた。我々は言葉も無く歩き始めた。足は一際重くなり暗〜いムード。黙々と歩いてようやく分岐までたどり着いた。辺りには夕暮れが近づいている。小松湿原の水場辺り今日はビバークと決めた。八丁の湯のフカフカ布団は夢と消えた。それからはひたすら足を前に進めるのみ。黒岩清水で水を補給し、幕場探しに専念する。途中、空が赤く染まり始めた。振り返れば、我々を苦しめた黒岩山が夕日に燃えている。不思議なほどの透明感が辺りを包み、あまりの美しさに3人は呆然と見とれていた。暗くなる寸前、我々は森の中にフライを張り終えた。ずぶ濡れの衣服を着替え、食事もそこそこに眠りにつく。昨夜とはうって変わってここは静寂そのものであった。

 

           86日(日)

 おびただしい鳥のさえずりとともに目を覚ます。安全圏に居る事が我々の動作をスローにしている。のんびりと支度をして出発。5分ほどで小松の水場に着き水を補給。それから展望のきかない森の中のアップダウンが続く。思いのほか時間がかかったが、ようやく鬼怒沼の小屋に着き、目の前に湿原が広がるのを見た途端、キャーとかウォーとか意味不明の言語を発しながら、天上の楽園に入っていった。今までの苦労はスコーンと抜けて、その空間を心行くまで楽しんだ。初日には沢になかなか入渓できず、昨日も道に迷い苦しんだ。数々の失敗を重ねながらここまで来た山行だった。予定では今日中の帰京である。時間的にそれは可能である。しかしその日、予備日を利用して我々は八丁の湯のフカフカ布団を選んだ。今回の山行中これがもっとも正しい行動であった。夕暮れ時、奥鬼怒の山間の空に大きな虹がかかった。それは自然がくれたご褒美のように思えた。

会報 42号より