槍ヶ岳北鎌尾根
1999年平成11年7月26日(月)ー28日(水)
和田志郎 単独
8月中旬、妻の田舎での盆休みを終えて帰宅すると、茶封筒が一通届いていた。差出
人は四国高知のMさんである。知らない名前だが開けてみると、写真が一枚と手紙と四
国の山の案内・レポートが入っていた。その写真は、7月末の北鎌尾根山行での槍ヶ岳
山頂で笑っている私が写っていた。Mさんが撮ってくれた貴重な一枚である。暑くて苦
しくて楽しい充実した単独行が懐かしく思い出された。
26日 快晴 中房温泉7:00・・燕山荘10:00・・
大天井ヒュッテ15:00・・北鎌沢18:00
日曜日は仕事が忙しく帰宅が遅いので、月曜日の山行はいつも寝不足だ。今回も中房
温泉に着いたのは、午前3時半。3時間くらいの仮眠をとって登り始めた。合戦小屋で
冷えた西瓜に舌鼓を打ち、燕山荘の日陰で少し仮眠を取る。
右手に三俣蓮華・水晶・野口五郎・烏帽子岳の山並みを眺めながら、梅雨明けの真夏
の太陽の下を大天井ヒュッテまでノンビリ歩く。途中ストックを拾うが、大天井の分岐
で落とし主のMさんに出会い、少し話をして渡した。大天井ヒュッテで昨年お世話になっ
た若い小屋番に貧乏沢の状況を聞いたが、「だいぶ荒れているらしいが詳細は不明」と
のこと。フイに後方から、「我々も、今日北鎌沢に泊まるつもりだが」という声がする。
振り返ると、40代の二人組で、大きなアタックザックにマットレスを巻きつけ、缶ビ
ールを抱えている。「こりゃ、一緒に行動したらヤバイ!」私は急ぎ足で小屋を後に、
一気に貧乏沢にはいる。初めの30分くらいはどうにか踏み跡があったが、それからは
全く見つからない。ゴロゴロ石の沢に入り、潅木帯や草付きを下り続ける。標高差70
0米の急降下の沢下りは尋常ではない。駆けるように下り続けること2時間、もういや
になってしまうが、天井沢はまだ見えない。予想したより狭い出会いに着いた時は「やっ
たぞ」と一人で大声を出してしまった。天井沢の広い河原を少し登り、北鎌沢の出会い
でツエルトを張ってホットする。
誰もいない静寂の中で冷やしたビールを飲みながら、久し振りの単独ビバークを楽しむ。
明日の北鎌尾根の登降を想像しながらホロ酔い気分で充実感と幸福感を堪能しながら、
シュラフカバーに潜り込む。
27日 快晴 北鎌沢出会7:00・・北鎌尾根9:30・・独標11:00
・・槍ヶ岳14:30・・大槍ヒュッテ17:00
さあ、今日は待望の北鎌尾根だ。天気もよく晴れているので、ゆっくり出発するが、登
れば登るほど急斜面になってくる。出会いから1時間くらいはゴロゴロ石の登り、残り1
時間半くらいは草付とお花畑になる。再び標高差700米を一気に(?)登り続け、最後
はお花畑の高山植物を見ながら必死の登る。涼しい風が時折北鎌尾根に届いてくる。じき
に天狗の腰掛を通過して、堂々とした独標を正面に見る。独標を右斜めにトラバースする
と、ついに槍ヶ岳が見えた。近くに見えるのに以外と時間が掛かるのは、これからのルー
トがほとんど岩稜とガラ場の連続で、縦走路のように踏み跡が明瞭でないからだ。岩峰を
右に巻いたり、左に巻いたり、頂上を乗越したりで、時間は思った以上に過ぎて行く。慌
てるな!時間はタップリある。折角の一人旅だ。水も充分に背負っていたので、ガバガバ
飲んだ 。
いよいよ最後の大槍の登りだ。ゆっくりゆっくり慎重に喜びをかみしめながら、頂上を
目指す。頂上の登山者が私の姿を見つけて、激励の声を掛けてくる。・・・
出た!頂上だ!
30人くらいのギャラリーが拍手と握手の歓迎をしてくれた。こんなことは初めてで、
嬉しくなった。「やったぞ、一人で登ったぞ、」と自分の心に呼び掛けて、満足感を味わ
う。そこで昨日のMさんに再び出会い、記念写真を撮ってもらい、ゆっくり休憩する。先
程までの北鎌尾根とは大違い。槍の頂上はラッシュアワーです。登頂者がひっきりなしに
登ったり降りたりで、ワイワイガヤガヤと煩わしい。しかし、それはそれで苦労して登っ
てきた人だけが味わえる喜びと満足感の表れなのだ。
ノンビリ休んだので、予定の西岳ヒュッテは諦めて、大槍ヒュッテ泊りとする。自炊は
自分だけで、食堂の登山者を眺めながら、焼きそば・目刺しと缶ビールで祝杯を挙げる。
疲れた体にしみわたる。ウーン・・何と美味しいことか!!
28日 雨後曇り 大槍ヒュッテ7:00・・大天井ヒュッテ11:30・・
燕山荘14:00・・中房温泉16:30
目覚めると小雨が降っている。私にとっては幸いであった。2日間連続で夏の太陽を浴
びているので、今日のコースを考えると雨の方がよいと思った。昨年の地震の後に改修工
事された東鎌尾根で北鎌尾根に別れを告げて、西岳ヒュッテを経て、雨の中、大天井ヒュ
ッテに顔を出す。小屋番に貧乏沢の状況を話し、お茶を一杯いただく。燕山荘が見える頃
には雨も上がり、最後に合戦小屋に寄って、再び西瓜にかじりつく。「美味しい!」中房
温泉に辿り着くと、昨年心残りになっていた北鎌尾根を単独で歩いた充実感と満足感が再
び襲ってきた。
Mさんは75才だ。
「私はできるだけ長く、自分の足で歩けるまでは、山と自然を愛し続け、チャンスがあっ
たら四国の山にも行ってみたい」と返書を書いた。そして、仲間は大切にしたい・・・と。
月稜41号より